狐の王国


2006年07月18日(火) [過去の今日]

#1 Hybrid Insector

Latest topics で見つけた仮面ライダー漫画。

どうやらプロの漫画家の手によるものらしく、けっこう高いクオリティ。話もおもしろくて、続きが気になる。もっと大きな画面で見たいなあ。本にならないのかしら。

(@234)

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#2 著作権者が全ての流通をコントロールすべきという発想は「無断リンク禁止!」と同じ

ああ、なるほど、確かに表題の通りかもしれない。

もっと考えを広げれば、自分のコントロールキャパシティを超えた範囲をビジネスターゲットにできるってことだね。つまりそれは、JASRACのような権利管理団体に依存しなくてもビジネスが可能になる可能性もあるということだったり、国境に左右されにくいということだったりするのかな。

うん、なんかこれはすばらしいことのようにも思えるな。著作権で食ってる人は一考の価値があるのでは?

(@254)

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#3 グリーン化のやつ

めも。

で、凡庸というか現実的な組織だと偽善的であれでこれでという反対意見が出たりして、んでそういうリスク回避派の意見は多分多くて、この手のプロジェクトってのは立ち消えになると思うんだけど、僕自身は偽善だと認識してても、こういうちょっと変わったことを会社の中で真剣にやりたいっていう人がいるのにそれを安易な批判あるいは常識的/反動的な反対意見でつぶしてたら、このグリーン化のことだけじゃなく、この先もいろんな発明の芽をつぶしてしまうことになると思った。なので、このグリーン化の話には僕も賛成した。

表題リンク先に引用されてた Radium Software Development から

かくして,「誰からも嫌われないが,なんとなく好かれることはある」というような話題だけが上位に浮上してくることになる。それが必ずしも悪いわけではないが……凡庸さに支配される危険性からは逃れることができない。

"Creating Passionate Users" の Kathy Sierra 氏は次のように述べる [Passionate] 。 「もし,誰かが嫌うようなことをやっていないのであれば,それは恐らく凡庸である。」

リスクに対する恐怖,「誰かの意思に反するのではないか」という恐怖,それらに屈服することから,凡庸さへの下降は始まる。本当に人々にとって意味のあることを見つけ出すには,それらの恐怖に囚われてはいけない。人々から嫌われることの中にも一片の価値が隠されていることを,常に心に留めておく必要がある。

嫌われる事は価値がある。嫌われる事は褒められてるも同然である。そう考えてた自分の中のもやっとした観念が、より具体的になったように思う。いい言葉に出会えた。

これに関連したもうひとつのもやもや:

まだもやっとした俺の中の観念に「凡庸な者ほど他人の行動を止めたがる」というものがある。これに屈伏してちゃいけないんだよなあとは思いつつも、いろいろあったりして屈伏するパターンが多いのだが、それが正解なのか不正解なのかも今はまだわからない。

(@258)

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Sugano "狐志庵" Yoshihisa(E) @ 美紗緒ネットワーク <koshian@misao.gr.jp>
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