狐の王国


2007年02月11日() [過去の今日]

#3 強者の責任

日本はエラくもないが卑下したもんでもない という記事。 こういう記事を書いてくださって本当にありがとうございます、としか言いようが無い。

興味深かった所をいくつかピックアップ。

イギリスに行って、「ヨーロッパで暮らすのは初めてです」と言ったら、周囲のイギリス人たちから「ここはEnglandでEuropeではない」、と、総スカンを食った、という人がいました。

ちょっとこれは驚いた。イギリスもヨーロッパだと思ってたけど、違うんだ。でもこれは日本人が日本をアジアだと思ってないようなものかな?

Noblesse Obligeはもともと「貴族たるものが負うべき義務」ということだが、「強者が弱者に対して負う義務」といった意味で使われる。

(中略) で、Noblesse Obligeがないから、「日本は強い国だ、と思うこと」=「日本はエライ、と思うこと」という発想になり、「偉そうにしてはいけない」という自制心が、「日本はどうせ小さな国だし」という、「他国から見たら間違った認識」を呼んでいるのでは、と。

これも実に興味深い。確かに侍が祭事をしてた時代はNoblesse Obligeに似たものは日本にもあったかもしれない。しかし、今は侍が侍たる自覚を持てない時代だ。なんせ一億総中流時代の価値観がでっかくのしかかってるからな。

うちは職人の家系なので、親方と弟子の関係ってのは小さいころから目の当たりにしてたはずだし、けっこう身に染みてると思う。親方だった祖父が弟子たちのために家を作り、住まわせ、仕事を教え、独立させたりしてたのも知っている。小さいころに住んでた家は玄関がふたつあり、片方には職人さんが住んでいた。父や叔父はそういう職人さんと兄弟のように育ったのだという。

最近聞いたのだが、俺が住んでるあたりに電話を引いたのも祖父だそうだ。電柱を自腹でたてて、電電公社に線を引いてもらったのだという。今の電柱に変わるとき、所有権が祖父にあった古い電柱を返しにこられて大変迷惑だったそうだが。

祖父は決して貴族ではないが、小さな町のプチ強者としてNoblesse Oblige的な事をしてきたんだと思う。

いきなり国と国の関係でNoblesse Obligeなんて大上段に構えてしまうと、不慣れでうまくいかないかもしれないし、想像も付かないかもしれない。しかし、よくよく考えてみればもっと小さな規模にも強弱はある。

俺がPC-UNIXをいじりはじめたころ、明かに弱者だった。たくさんの先輩たちに教えられ、叱咤され、今はそれで多少なりともお金を頂けるくらいにまでなれた。だから自分でも極力初心者には教えるようにしてるし、質問には積極的に答えるようにしている。それが今の俺にできる先輩達への恩返しだと思うからだ。こういうのも、Noblesse Oblige的なものなんじゃないかと思う。

例えば会社の小さな部所やチーム、学校のクラス、部活、家族。そういうところにもNoblesse Oblige的なものはあるはずだ。

そういうところから意識してみればいいんじゃないかと思う。そういう経験から、日本という国のNoblesse Obligeが見えて来るんじゃないだろうか。

日本がしなければならないのは、「いじめないでください」と小さくなることでもなければ、「自分はエライんだぞ」と突っ張ることでもなく、「大国としての責任を発揮し、さらには世界二番目の国としてアメリカの暴走を抑制する 」ってことだと思うんですけどね。

はい、まったくその通りです……。

他国ではどうか知らないが、少なくとも日本ではどうも「責任を取る=辞任する」ということになりがちで、本当に「問題を解決する」という責任の取り方をしてくれる人が少ないように思う。クビを切らなきゃおさまらないという状況を作りだす衆愚にも問題はあると思うが。

もう少し、我々は「責任」という言葉の意味を考える必要があるんじゃないだろうか。

(@851)

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Sugano "狐志庵" Yoshihisa(E) @ 美紗緒ネットワーク <koshian@misao.gr.jp>
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